泣いてもダメだった件。

泣いてもダメだった件。

  2020/8/5  
     
 

 

お客さんとの約束の場所に向かう午後。

 

いつものように車をエレガントに運転中、ある交差点を左折しようとしたところ、先行車がモタモタして進まない。

 

この交差点の左折信号は、短くて、一旦赤になると長い。

 

 

― オイコラッ、早よいかんかい!モタモタすんな!

 

なんてことは思いもせず、先行車に続いて奥ゆかしく左折したところで、どこか笛が鳴った。

 

― ん?

 

バックミラーを見ると、かわいらしい女性警察官が、笛をくわえ私の車に向かって、待て待てしながら走ってきている。

 

車を止め、窓を開けると、「信号無視です」

 

「赤信号の手前でもう左折を開始してましたけど」

 

と言いながら、私が車から出て女性警察官の前に立ちはだかると、どこにいたのか、駆け寄ってきた3人の男性警察官に囲まれた。

 

 

― なんなんだ、君たちは。

 

「停止線の手前で赤になっていましたよ」

 

「前の車に連なって左折しました。後続車もいたので止まれません」

 

「あの速度なら止まれます。信号無視です」

 

 

― おお、顔が怖い。まずいね、これは。

 

「今後気を付けます。お客さんとの約束に間に合わなくなるので、では、これで」

 

「ダメです!」

 

「私ね、今年の誕生日で更新なんですが、晴れて初のゴールド免許をもらう予定なんですよ。ゴールド免許を持つのが念願なんです。だから、勘弁してもらえませんか」

 

「ダメです!」

 

 

― かわいい顔のわりに冷たいナ。

 

「これまで私がどれだけの罰金と税金で社会貢献をしているかわかりますか。えーっと、酒税でしょ、たばこ税でしょ・・・」

 

「ダメです!」

 

「ウぅぅぅぅ」

 

「泣いてもダメです!」

 

 

 

 

 

梅雨は明けたけど、心は晴れない令和2年の夏。

  

 

 

 

   

 

 

 

  林 正寛