つくし。

つくし。

  2022/2/22  
     
 

 

 

昨年の12月、会社で書類の整理をしていたら、「手打ちそば処天満つくし」というお蕎麦屋さんの「蕎麦打ち教室」の案内チラシが1通でてきた。

 

― あれ?全部配ったはずやったけど、残ってたんか。

 

 

 

そのお蕎麦屋さんの店主のオッチャンに初めてお会いしたのは、6年前のこと。

 

店周辺の環境の変化から、ここ数年、売り上げが落ちてしまっていたが、オッチャンは、店のスペースを活かした「蕎麦打ち教室」を開き、挽回を図っている最中だった。

 

オッチャンは、強面で不愛想な感じで、実際、口もちょっと悪い。

 

でも、オッチャンの打つ蕎麦はとても美味しくて、なんとかこのお店を維持できないものかと、正式にコンサル契約を交したわけではないが、何度かお店に通い、どうすれば「蕎麦打ち教室」に集客できるか、案内チラシのデザインをどうするかなど一緒に考えた。

 

 

 

私は、案内チラシは、常にカバンに入れて持ち歩き、取引先やプライベート先にも配った。

 

家人と長女にも協力してもらい、そのうち、私が自腹を切る形で何人もの知り合いに参加してもらったりもしたが、リピーター確保にはつながらなかった。

 

その後、私自身の事情が重なり、そのうち、コロナ感染症の影響や仕事の都合などで、行かなきゃ、行かなきゃと気になりながらも、オッチャンに会えないまま、2年半ほどの年月が流れていた。

 

 

 

 

そんな矢先にひょっこり出てきたチラシ。

 

そういえば最近、オッチャンからのメールがないし、SNSの投稿も途絶えていた。

 

― これはオッチャンがいい加減顔を出さんかいって怒ってるに違いない。年が明けたら久しぶりに行ってみるかな。

 

 

10日戎が終わり、大阪にいつもの日常が戻ってきたその週末、訃報が届いた。

 

オッチャンは、12月に旅立った後だった。

 

― チラシが出てきたんは、そういう意味やったんか。

 

 

 

 

いつも湯気が充満していた厨房は、主の不在を告げるかのように、シンと静まり返り、寒さに身が縮んだ。

 

オッチャンは、オッチャンがいつも蕎麦を打っていたテーブルのうえの小さな骨壺に納まり、私が来るのを待っていた。

 

― アホなこといいな。自分のことなんか待ってるわけないやろ。

 

― せやな、オッチャン。でも、すまんかったな。

 

 

 

春を忘れることなく、早春の道端や土手の枯れ草から最初に芽を出す「つくし」は、一日に1センチほど伸びる生育の速さからその花言葉は、「向上心」「努力」だという。

 

― ホンマやろか。オッチャンに店名の由来を聞いておくんだったナ。

 

 

 

 

 

今年も「つくし」の季節がやってくる。

 

 

  

 

    

 

 

 

  林 正寛