裸足の季節。

裸足の季節。

  2023/3/28  
     
 

 

 

先日、松田聖子のファーストアルバムを買ってしまった。しかもLP盤レコード。

 

梅田の商業ビルのフロアの一画に設置された中古のレコード売り場にフラッと立ち寄り、欲しかった1枚を偶然見つけた。

 

松田聖子のデビューシングル「裸足の季節」や「青い珊瑚礁」が収録されている。

 

アルバムの発売は、1980年8月1日とあるので、私はこのアルバムを約43年ぶりに手にしたことになる。

 

 

「嫌だ、このオジサン、松田聖子のファンなんだわ」

 

レジのオネエサンの瞳が揺れていた。

 

 

 

 

黒川君はクロ、山崎君はヤマ、徳田君はトク、小林君はコバ。

 

古今東西、呼び名はだいたいこんな感じになるだろう。ちなみに私は正寛なのでマサ。

 

松田聖子のファーストアルバムが発売されるその日、私とクロ、ヤマ、トクはコバの家に集まった。中学時代の同級生だが、高校はバラバラになった。

 

コバの家なのにコバはいない。

 

膝元に麦茶の入ったコップがお盆の中に並べられていた。

中の氷が解けてコップの表面は結露で覆われ、その結露が滴り落ちて、お盆に水たまりができていた。

そんな情景を覚えている。

 

しばらくすると、コバが自転車で帰ってきた。

額には大粒の汗、そして手にはアルバム。

 

「みんな、買ってきたで」

 

「おお~、早よう聴こうや」

 

 

コバは指紋が着かないように丁寧にレコードを取り出しレコード盤に置くと、そーっと針を落とした。

 

私たちより1才しか違わない松田聖子の弾けるような歌声がすぐに流れ始めたが、目的は松田聖子ではなく、アルバムの3曲目に収録されていてアルバムのタイトルにもなっている「SQUALL(スコール)」という曲の間奏部分。

 

ここにギタリスト松原正樹のソロが収められていた。

 

他の曲にも松原正樹は参加しているし、今剛という注目のギタリストも参加していたのだが、ソロがあるのは、この曲のこの部分だけだった。

 

そのソロを聴くためだけにコバは松田聖子のファーストアルバムを購入し、私たちは集まったのだ。

 

「おお~、かっこええな―」

 

ソロが終わるとすぐにヤマが手でレコード針をひょいと上げ、またソロが始まる前に置くという暴挙に出た。

 

「ヤマ、止めろや。レコードにキズが付くじゃろーが」

 

コバが叫んだ。

 

だが、もう一度ソロを聴き終わると、ヤマはお構いなしに同じ暴挙を繰り返した。

コバには悪かったが、ヤマの暴挙をクロもトクも、そして私も止めようとはしなかった。

松原正樹のソロさえ聴ければそれでよかったのだ。

 

 

 

 

松原正樹が61歳の若さで亡くなってから7年。

 

再び手にした1枚のアルバム。

 

よみがえったあの暑い夏の日のできごと。

 

 

 

 

あれは、遠い「裸足の季節」

  

   

  

    

 

 

 

  林 正寛