マハラジャの夜(№770)
2025/5/13 | ||
4月のある夜、前期高齢者とその予備軍のオジサマとオバサマを中心とした約1万6千人が大阪城ホールに集結した。
目的は、アース・ウィンド&ファイアーの8年ぶりとなる日本公演。
アース・ウィンド&ファイアーは、1970年代に世界中で爆発的に売れたアフリカ系アメリカ人によるファンクミュージックバンドで、ディスコ全盛時代には定番となり、彼らの曲がかかるとギアをもう何段か上げて踊ったものだ。
しかも、今回の日本公演には、ナイル・ロジャース(←1970年代から80年代にかけて大活躍したアメリカの音楽プロデューサーでギタリスト)もゲストとして参加するとあって、オジサマとオバサマは黙っていられなかった。
腰が痛くても、膝が曲がらなくても、肩が上がらなくても、最後の日本公演になるかもしれないこの機会に立ち上がったというわけだ。
公演は二部制のような形で、前半がナイル・ロジャース、後半がアース・ウィンド&ファイアー。
前半と後半の間に30分ほどの待ち時間が生じたのは、このところトイレが近くて我慢できないオジサマとオバサマには、好都合であったし、前半だけでかなり飛ばしすぎた面々は、腰を回したり、屈伸運動をしたりと、後半に向けての準備運動の時間にあてることができた。
後半は、アース・ウィンド&ファイアーの人気の楽曲「Fantasy」が始まると、大阪城ホール全体が巨大なディスコホールになったかのように盛り上がり、みなさん、「あのころ」を思い出しながら、「あのころ」のようには動かないカラダを必死に揺らしながら、それでも今夜は、薄くなった頭髪も白髪も、腰回りにみっしりと絡みついた贅肉も気にならない様子で「あのころ」に戻り、それぞれの青春を噛みしめているようだった。
公演は、時計の針が午後9時30分を回ったところでようやくフィニッシュした。
さっきまであんなに元気一杯だったオジサマとオバサマたちは、目の前の現実から逃避するように、「あのころ」の余韻に浸りながら、無言で大阪城ホールを後にする。
大阪城ホールの外は、予報どおりの雨だった。
― 折りたたみ傘を用意しておいて良かった
熱気を冷ましてくれる春の雨を小さな折りたたみ傘で受けながら歩いていると、「あのころ」のことが頭の中に去来した。
「ナンバにあったディスコは、何ていう名前だったかな」
「あなた、覚えてないの?マハラジャよ。40年以上前の話ですけど」
マハラジャの夜のモノクロ画像と「Fantasy」が頭の中でシンクロした。
― タイム・フライズか・・・。絶句だな。
思わず、振り向いた。
「あなた、どうしたんですか」
「いや、なんでもない」
大阪城ホールはもう見えなかった。
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林 正寛 | ||