旅立ち。
2015/11/12 | ||
あるスナックのママさんに昼間、バッタリ会い、
「あら、久しぶり。大阪にいたんだ。てっきりどこかに旅立ったのかと思った」
「そのうち、また、顔を出しますよ」
この会話を道で交わしてからでも軽く5年は経つので、店に行かなくなってからだと6年以上になるかもしれない。
たまにはカラオケでも歌おうやと連れに誘われ、その店に行ってみた。
さすがにブランクが長すぎるし、ママさんは私よりたしか15歳ほど年上だったので、もはや忘れられてしまっているか、いや、もしかするとママさんはもう引退しているかもしれないなどとあれこれ考えながら店の扉を開けると、
懐かしい顔が私に向かって、「あら、久しぶり!」
― こういう店の経営者は記憶力がいい。さすがだ。
ママさんが水割りを用意してくれている間、連れに、この店に通うきっかけになった弁護士の先生とのエピソードや、ママさんは昔、演歌歌手としてレコードを出したこともあることなど説明していると、「お待ちどうさま」と、手際よく水割りが4つ出てきた。
乾杯し、一息ついたところでママさんが、
「お客さん、初めてよね。いらっしゃい」
― さっきの“久しぶり!”は、一体…。これはこれで、さすがだ。
「ハヤシです。随分、ご無沙汰していますが」
「ハヤシさん…?」
後の話になるが、このとき、ママさんの頭にはすぐに私の顔が浮かんだらしい。
しかし、頭に浮かんだ「ハヤシ」と目の前にいて「ハヤシ」を名乗る人物とがどうしても一致しない。
仕方がないので、さっき連れに話をしたばかりのこの店に通うきっかけになった弁護士の先生とのエピソードや、あれやこれやの昔話をすると、ようやく、「あのハヤシ」と「このハヤシ」が一致したようで、「えーっ!」と演歌で鍛えた張りのある大きな声で驚かれた。
「どしたの“これ”!これじゃあ、わからへんわ。えらい貫禄ついたね」
― そーやって、人に向かって指を差すんじゃない。
結局、話はここ(太ってしまったこと)に行きつくわけだ。
連れの歌を聞きながら水割りを飲み、1時間ほど過ごしていると、ママさんがポツリと、
「それにしてもハヤシさん、丸くなったわね」
「それは顔ですか、カラダですか、性格ですか、飲み方ですか」
「まるで別人ね…。でも…、あの頃のハヤシさんに会いたい気もする…。今夜は…千春でも歌おうかしら」
― その、遠い目をしてポツポツ喋るの、よしてもらえませんか。
♪~ 私は泣かない だって貴方の
貴方の思い出だけは 消えたりしない
― 何だか、アブナイかもしれない。そろそろ旅立とうかな…。
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林 正寛 | ||