私の将来。
2015/11/26 | ||
先日、地下鉄に乗って現場へ向かっていたときのこと。
私は、前夜の深酒による体力の消耗を少しでも取り戻そうと、どっぷりと席に座っていたが、すぐに次の駅から杖を突いた高齢のジイさんが乗車してきて、しかも、チラッと目が合ってしまった。
今日は座っていたい、そんな時に限ってこういった展開になる。
立ち上がって少し歩み寄り、「お席、どうぞ」とジイさんに声を掛けた。
ジイさんが座りやすいよう、大きめに席から離れ、つり革につかまりながらジイさんの斜め後ろに回り、もう一度、「どうぞ」と―。
まぁ、よく見かける席を譲る際の光景である。
ところが、ジイさん、
「いや、ええわ…」
席を譲られることを拒否し、横を向いてしまった。
その声に反応して、夢中でスマホを見ていた周囲の乗客が一斉に顔を上げ、いぶかしげにこちらに向かって視線を注いできた。
そう言われても、こちらもすでに席を立ち、離れてしまっている。
しかも、ジイさんは見るからに高齢で杖を突き、足元がおぼつかない。
「どうぞ、お座りになってください」
声を励まし、そう言って、もう一度、着席を促すと、ジイさんは、あさっての方向を見ながら、
「わしは、ええねん!」
ここまで拒まれてしまうと、いくら私でもそれ以上は言いにくい。
とはいえ、「そうですか」と座り直すのもバツが悪いし、周囲の乗客にしても、「ほな、私が座りますわ」とは、さすがに言えない。
主を失った席がそこだけポツンと空き、アンタッチャブルな空気が周辺に流れ、妙な沈黙が続いた。
すると、次の駅で乗車してきたオバサンがすぐに「空席」を見つけ、むろんそれが「アンタッチャブルな空席」であるとは知らず、バタバタと、そして少し嬉しそうに、ドサッと着席した。
周囲の人たちは、「ああっ、その席は…」と一瞬、息を飲んだものの、これで事態は収まったのだと安堵し、そしてまた、何事もなかったかのようにスマホに視線を戻した。
ジイさんはというと、まだ、あさっての方向を見たままで、つり革につかまり知らん顔をして立っていた。
私は将来、こんなジイさんになりたい―。
そう思った二日酔いの午後。
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林 正寛 | ||