知らず知らずのうちに。
2019/2/12 | ||
何年か前。
どこの都道府県の話だったのかも覚えていないが、幼稚園か保育園が建設されることについて、近隣の住民が子どもの声が喧しいからと反対していた。 以後、どうなったかは知らない。
最近では、「ランチの単価が1,600円もする一等地にそぐわない」とかなんとかで、南青山に児童相談所が建設されることに住民が反対している。
児童虐待の問題。
親はけしからんし、児童相談所の対応もまるでなっていない。そうやって周りの大人たちは批判をするけれど、一方で我々は、近所に幼稚園や保育園、児童相談所が建設されることを反対している。
それって、なんかおかしくないか―。
近所に幼稚園や保育園ができれば迷惑だと思う心、児童相談所ができれば地域の価値が下がると思う心には、自分(の生活)を優先したいという大人の傲慢がある。
なぜ、そのような傲慢な考えにおよぶのか。
大人が成熟できていない、つまり子どもだからだろう。
そんな世の中になってしまったといった方がイイかも知れない。
大人が成熟できなければ、「子どもは社会の宝物」という発想もないし、子どもを守ることもしない、できない。
今、大人たちは、知らず知らずのうちに子どもを向こうへ押しやり、そして、押しやっている自分を棚に上げておいて、児童虐待を論じ、関係者を批判している。そんな構図に見えてならない。
児童虐待の問題は、私たち大人すべての責任である。
仕組みを作って終わりではなく、子どもは大人が守る、受け入れるという当たり前の考えを取り戻さなければ、根本解決にはならない。
そもそも論がなされていない気がする。
子どもに子どもは守れないから。
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林 正寛 | ||