全部、嘘。
2020/6/17 | ||
夜の街で夢を見て、一生を棒に振った知り合いが二人いる。
夜の街のオネエサマがちやほやしてくれるのは、ただ一生懸命に仕事をしているだけなのに、それを自分に対する愛情だと勘違いし、妻を捨て、妻を捨てた途端にオネエサマにも逃げられた。
思い出すたびに笑えてしまうが、夜の街のオネエサマは、とても心が広いので、地球の重力に耐えられなくなってきた私のこのお腹でさえ、「かわいい」とちやほやしてくれる。
「ハヤシさん、もっとお若いと思っていましたァ~。56歳だなんて、嘘ですよね」と嘘もついてくれる。
会社では御法度の下ネタだって、寛大な心で受け入れてくれるし、くだらないノリ突っ込みにも、大げさに笑ってくれる。
煙草をくわえれば、火をつけてくれるし、もちろん、グラスが空けば、速攻で注いでくれて、そして、オネエサマは、グラスの氷をカラカラと心地よい音をさえながらかき回し、「はい、どうぞ」と、にっこりと微笑んでくれる。
全部、嘘でも、嘘を肴に酒を酌み交わせば、その刹那な夜に夢はひらく。
どうせ、夜咲くネオンは嘘の花、夜飛ぶ蝶々も嘘の花だ。
男も女も、冗談と本気が交差する夜にとっぷりと身をゆだね、そして、夜が深まったころには、全員真顔になって、それぞれに待つ現実の世界へと戻っていく。
その夜の街に、夢がひらかなくなってしまった。
ようやく店はひらいたが、オネエサマは全員、マスク姿だ。客もマスク。
マスク同士で、距離を置き、マスクを上げたり下げたりしながら酒を飲む。
マスクは、現実そのものである。
第一、マスクでオネエサマの嘘が聞こえない。
これでは夜の蝶々は飛ばないし、夢だってひらかないじゃないか。
いや、待てよ。これで、一生を棒に振ることもなくなったか。
引き換えに、夢がまた一つ、消えた・・・
まちがいさがしの間違いの方に生まれてきましたけど、それが何か!
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林 正寛 | ||