また別の正義。
2024/11/25 | ||
新卒で入社した会社は、バブル崩壊の大波にのまれて沈没したが、沈みゆく過程では、会社の舵を取っていた幹部たちが背任容疑で身柄を取られたり、取引先の代表者が詐欺容疑で起訴されたり、いろいろな事件が発生した。
私も、その大波の中で、警察や検察から呼び出され、何度も事情を聴かれたが、当時の時代背景からすると、警察や検察は正義で私たちは悪の象徴。
「ハヤシさん、あんた知っとったんやろ」「あんたも加担しとったんと違うんか」と正義にすごまれたが、正義には勝てない。
ある日の聴取前、家を出るときに家人に言い残した。
「もしかすると今日は家に帰ることができないかもしれないが心配しないように」
それくらい、あの時代の雰囲気は異様だった。
調書は、その場で確認し、すぐに署名捺印をいなければならないが、どうも話した内容とニュアンスが違う。
私は、ここも違う、あそこも違うと何ヵ所も訂正を求めたが、あの場所の重苦しい雰囲気に飲まれれば、訂正を言い出せない人もいるかもしれない。
訂正してもらっても、それでもまだ違う。
そのうち検察官が邪魔くさそうに吐き捨てる。
「もうどっちでもええやろ。同じことやないか」
「いや、どっちでもいいことなんかないスよ」
私は最後まで正義に折れなかった。
証拠の改ざん、被疑者への高圧的な取り調べに部下の女性検事への性暴力。 検察当局の信頼が揺らいでいる。
袴田さんの冤罪事件では、無罪判決が確定したあと、静岡県警の本部長が袴田さんご本人と姉の秀子さんに直接会い、謝罪した。
秀子さんは、「運命」という言葉を使い、謝罪を受け入れ、そして、「わざわざおいでくださり、ありがとうございました」とお礼を口にされた。
できることではない。
「運命」というには、あまりにも苦しくて長い58年であったであろう。その心情たるや、到底計り知ることはできない。
しかし気になるのは、検察庁だ。
謝罪は無しで、検事総長の談話のみ。
「判決は承服できず、本来は控訴すべき内容。ただ、袴田さんが長期間にわたり法的地位が不安定な状況に置かれてきたことを考慮した結果、控訴しない判断とした」
クレヨンしんちゃんの父、野原ひろしがこう言った。
「いいか、しんのすけ。正義の反対は悪なんかじゃないんだ。正義の反対は、『また別の正義』なんだよ」
正義ってなんだろう。
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林 正寛 | ||