涙目。

涙目。

  2018/12/04  
     
 

 

奈良での打ち合わせの前、近くのショッピングセンターの中にあるうどん屋さんのカウンターで、お昼を食べていると、私のすぐ隣りにあるレジで作業着姿の怖い顔をした男性が怒鳴り出した。

 

よく聞き取れないが、レジの女性に向かい、「今すぐ会社に言ってあらためさせろ」みたいなことを言っている。

 

最初は無視していたが、男性はなかなか止めようとせず、気になってうどんが食べられない。つい席を立ち、

 

「どうしたんですか?」

 

男性は、今度は私に向かって、怒鳴り出した。

 

これがまた、聞きとれず、何を言っているのかわからないので、

 

「えっ?」

 

男性は、さらに声を張り上げたが、余計に聞き取りづらい。もう一度、

 

「えっ?なんですか?」

 

すると男性は、ふぅ~と息を吐き、面倒くさそうに、「もうええわ」と捨て台詞を残して店を出て行った。

 

 

涙目になっていたレジの女性からお礼を言われたが、泣きたいのはこっちの方だ。

 

食べかけのキツネうどんがすっかりのびてしまった。時間もないし、のびたうどんをかき込み、私は涙目で店を出た。

 

 

 

家人の小言がよく聞き取れず、「えっ?」と聞き返すと、「もういいです」と終戦になることがよくある。知らぬ間に身についた防御法がこんなところで役に立った。

 

 

 

トイレを済ませ洗面台で手を洗っていると、「大」のスペースから勢いよく水が流れる音とともに「ギィー」とドアが開き、なんと、さっきの男性がでてきた。

 

― こ、これはまずい…。

 

私は、気づかぬ振りをして手を洗っていたが、男性の鋭い視線が突き刺さる。

 

猛獣と目を合わせてはならない。これも家人との結婚生活の中で学んだ。

 

さらに、こんなときは相手にせず、幽体離脱させるに限る。

 

つまり抜け殻になる。そこに私はいません状態。

 

これも家人に詰め寄られた際に自然と身についたワザで、これまで数々の難局を乗り切ってきた。

 

私はさっきから、ずーっと手を洗っている。こんなに長い間手を洗う人はいないが、なんといっても抜け殻だから。

 

そして、男性は無言でトイレを出て行った。

 

 

 

家に帰り、今日の出来事を家人に話をしていたら、返事がない。

 

見ると、歌番組に登場した東方神起に集中し、私の話は上の空だ。

しばらーくして歌が終わり、

 

「ところであなた、さっきの話はなんですか?」

 

「もうええわ」

 

 

 

私は涙目で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

  林 正寛  
     
     

株式会社アスキット・プラス

 

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