予約はできますか?
2019/6/10 | ||
3月、残念ながら父の死を見届けることができなかったが、納棺には間に合った。
納棺師は若い女性で、聞けばまだ、納棺師の仕事を始めて間もないという。
― おいおい、ダイジョウブカ…。
しかし、私の心配をよそに意外と作業はテキパキと進んでいく。
段々と興味を抑えられなくなり、父を挟んで、あれこれ質問した。
大阪の専門学校を卒業後、そのまま大阪で食品関係の仕事をしていたが、子どもが小学校に入学するのを機に親にもどってくるよう言われ、故郷にUターンした。 Uターン後は別の仕事をしていたが、知人の紹介で納棺師の仕事を始めたという。
「えっ、お子さんがいらっしゃるんですか。何年生ですか?そうなんですか。いや~、とても見えないですね。私も大阪なんですよぉ」と盛り上がってきたところで、背中に家人の突き刺さるような視線を感じ、慌てて父の手を握った。
しかし、なかなか特殊な仕事である。
日々、人の死と向き合う納棺師はストレスも大きく、離職率は80%を超えるという。 よほどタフな心の持ち主でないと務まらないのも事実だろう。
「亡くなった人のカラダを扱うのって、嫌じゃないですか?」
「それが、実は私、ちょっと不謹慎かもしれませんが、こうやって旅立ちのお手伝いをしていると、楽しいというか、嬉しい気持ちになるんです」
「お父様のようなきれいなご遺体ばかりではありませんし、修復には限界もあります。自死されたお若い方もいらっしゃいます。でも、それぞれ事情はあっても、その方の旅立ちのお手伝いをさせていただくことが、私にはとても嬉しいことに思えるのです」
そう話をしてくれる納棺師の笑顔が爽やかで、無味無臭無色というか、こんなすてきな若い女性の納棺師に作業をしてもらい、父も嬉しかったに違いない。
この納棺師なら、煩悩だらけの私でもこの世に念を残さず旅立てるかもしれない。
あの世におくってもらいたい、おくりびと。
「あの、予約はできますか?」
本気でそう聞こうとしたが、背中に再び家人からのレーザービームのような視線を感じたので予約を諦め、もう一度、父の手を握った。
― お父さん、さようなら。またいつか一緒に飲もうや。
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林 正寛 | ||