君と夏の終わり。

君と夏の終わり。

  2017/8/29  
     
 

先日、仕事で何年か振りに「十三(じゅうそう)駅」を降りた。

 

この街には学生の頃、あれやこれやでとてもお世話になった。

 

当時は、キタにもミナミにもない、ヘビーでディープで何ともいえない危険な雰囲気がこの街にはあったが、金の無い孤独な学生には優しかった。

 

キタやミナミは街が大きすぎるせいか、ひとり酒場で飲んでいると、ときに疎外感や孤独感に押しつぶされそうになるが、十三にはそれがない。

 

だから、バイトの帰りにしょっちゅうこの街に来ては安い酒を飲み、うだうだと無駄なときを過ごしていた。

 

 

 

ある日、いつものように居酒屋のカウンターで飲んでいると隣に若い女性が座ってきた。

 

「ご一緒によろしいですか」

 

女性は、赤いハイヒールが印象的な美形で、しばらく他愛もない話をしながら飲んでいると、「私の店に来ませんか」と誘われた。

 

「オレ、金が無いから」

 

「そこは心配しないで。大丈夫よ」

 

なぜ心配しなくてもいいのか、なにが大丈夫なのかはわからないが、この一言で「じゃあ、行こうかな」とついて行く私もどうかしている。

 

居酒屋を出て、わずか数分。

 

「ここよ」

 

赤いハイヒールが立ち止まったのは、古ぼけた文化アパートの前だった。

 

ー なんだかとてもシンパイ・・・。

 

赤いハイヒールは、慣れた感じで2階の部屋の鍵を開けた。

 

「ここで少し待っていて。冷蔵庫にビールが冷えているからどうぞ」

 

言い残すと、カン!カン!カン!とハイヒールの派手な金属音を立てながら階段を下りていった。

 

暗がりの奥に目をやると、赤茶けた畳の4畳半の部屋に、ぺろんと1枚、薄っぺらい敷布団が敷かれていた。

 

― ぜんぜんダイジョウブジャナイナ・・・。

 

まあ、でもせっかくだから、ビールでも飲むかと冷蔵庫に向かったところで、ガチャっと部屋のドアが開き、ピンクの浴衣姿の女性が入ってきた。

 

― おおっ!

 

私は思わずのけぞった。

 

そこに立っていたのは、年齢はおそらく、私の母くらいか少し上のオバチャン。そして、手にはきれいにたたまれたグレーの浴衣。

 

「こんばんは。お待たせ。とりあえずシャワーを浴びてこの浴衣に着替えて」

 

「あの~、さっきの赤いハイヒールの女性は?」

 

「ああ、彼女?彼女は営業なの。私じゃダメ?」

 

「ダメでしょ」の言葉をかろうじて飲み込み、私は女性に向かって、「ごめんなさい!」と謝り、部屋を飛び出した。

 

背中で女性の甲高い笑い声が聞こえた。

 

 

 

 

現場に行きがてら、久しぶりに十三の街を歩いていると赤いハイヒールの女性を見かけ、学生時代のバカバカしい思い出がよみがえった。

 

あれも確か、今と同じ季節だったと思う。

 

 

君と夏の終わり―。

 

 

 

 

 

 
  林 正寛  
     
     

株式会社アスキット・プラス

 

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