映画が観たいって言いだしたのは私の方なんです。
2017/12/19 | ||
「いらっしゃいま…。あら、ハヤシさん、お久しぶり。お一人ですか」
「うん、今日は一人です」
「どうしたんですか、浮かない顔して。水割りでよろしいですか」
「ロックにしてくれますか」
― 結局、なにもしてやれなかった…。
* * * * *
ホステスさんとお客さんとの恋。
ちらほら耳にする話ではあるが、後日談で幸せな話はあまり聞こえてこない。
二人は、お店が休みの週末にも、食事に行ったり、映画を観に行ったりしていたらしい。
彼女は30になったばかり。彼は店の常連さんで40代後半。妻子がいた。
ボクは彼女がお店で働くようになった5年ほど前から知っていて、明るくてよく気の利く子で、接待の時などは、よく場を盛り上げてくれた。
ある日、彼の方から、君と一緒になりたいと告白された。
ここで彼女は気が付いた。大変なことをしてしまったと。
彼女は懸命に彼をなだめ、説得した。
女と男の違いかもしれないが、男という生き物は、急に現実に戻れと言われても戻れないような仕組みになっている。
彼は離婚をしてしまった。
彼女はその後、自分のせいで彼の家庭が壊れてしまったと良心の呵責に苦しみ、終日ふさぎ込み、部屋にこもるようになり、結局、彼とは別れ、そして、店を辞めた。
数日前、朝の通勤途中に彼女からLINEが届いた。
「週末一緒に映画が観たいって言いだしたのは私の方なんです」
「今はつらくても、日が経てばいつか、柔らかな思い出にしてくれるから」
すぐに既読はついたが、返事はなかった。
そして、夕方ころになってポツリとまた、LINEが届いた。
「大阪を出て、実家に帰ることにしました。今までありがとうございました」
一緒に、パンダのスタンプがペコリと頭を下げていた。
― あのとき、歌ってやればよかった。
「ハヤシさん、以前歌ってくれたあの歌、歌ってくださいよ」
「あれはな、特別やったんや。もう二度と歌わへん。音痴やしな」
「嘘やん、全然良かったです。わたし、あの歌聴くとめっちゃ元気がでるんですけど」
「いや、無理やな。また今度」
「もう、ケチ!次は絶対に歌ってくださいよ」
* * * * *
「あのぉ、曲、入れてもらってもいいですか」
「あら、ハヤシさんが歌うなんて珍しいわね」
「今日は特別なんで1曲だけ。ロックおかわりください」
♪~ 今はこんなに悲しくて 涙も枯れ果てて もう二度と笑顔にはなれそうもないけど
そんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ あんな時代もあったねと きっと笑顔で話せるわ
だから今日はくよくよしないで 今日の風に吹かれましょう
|
|
|
林 正寛 | ||