好きとか嫌いとか欲しいとか。
2017/12/28 | ||
認知症の母を残し、1年前に自殺された60代男性のお部屋の原状回復作業を行った。
男性は、リビングのドアに紐をかけ、首を吊った状態で発見されたが、そのときに紐が擦れてできたドアの真新しい傷が生々しかった。
部屋は、この手の事案特有の重く、すえた臭いのした空気が充満し、しばらくいると息苦しくなる。
敷きっぱなしの布団。
箪笥から飛び出ているスーツ。
たたまれることなく部屋中に広がる衣類。
雑誌、単行本、雑貨、飲み薬、貼り薬、塗り薬、ビデオテープ、CD、郵便物、ぐちゃぐちゃに絡まった延長コード、調味料、飲みかけの水、鍋、フライパン、食器、整髪料、シャンプー、歯ブラシ、くし、タオル、洗剤…。
和室も洋室もキッチンもリビングも、まるで巻き散らかしたように、足の踏み場が無いほど、物が散乱し、そして、それらの物すべての表面には、この1年、この部屋に誰もいなかったことを証明するかのように埃が薄っすらと積もっている。
生前、男性が手を合わせていた仏壇には、主を失ったお位牌がポツンと一柱、取り残されていた。
お位牌は、お寺に持参して、お性根抜きの手続きをした。
部屋の物はすべて片付け、処分し、男性がこの部屋で棲息していた痕跡は、リビングのドアの傷を残してなにもなくなった。
ガラーンとした部屋に開け放ったベランダと玄関の間を風が吹き抜け、1年間、この部屋にこもり、行き場を失っていた男性の魂も一気に空高く上昇し、消えていったような気がした。
認知症の母は、一人息子が亡くなったことを知らずに今年、静かに息を引き取った。
空の向こうで息子にバッタリ会い、さぞ驚かれていることだろう。
この世にたくさんの悔いを残して旅立った男性も、今頃は母との久しぶりの会話を楽しんでいるのかもしれない。
好きとか嫌いとか欲しいとか、なにもない世界で。
今年も1年、様々な現場に立ち会ってきました。
わくわくするような現場は、ほとんどありませんが、自分の立場や境遇と置き換え、考えさせられたり、身につまされたり。
そして、こう思います。
幸せは取りにいくものでも、手に入れるものでもない、感じるものだってことを。
みなさん、たくさんの幸せを感じながら、楽しい年末年始をお過ごしください。
1年間、ありがとうございました。
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林 正寛 | ||