六月の風。
2015/03/24 | ||
「沈丁の香の石階に佇みぬ」
21日の春分の日の日経新聞朝刊に、高浜虚子の俳句が紹介されていた。 不意に訪れる沈丁花の強く鮮やかな香気は、春の息吹を感じさせてくれる。
今年の春分の日は、春本番を思わせるようなポカポカ陽気となった。 私は朝から、奈良県大和郡山市で仕事をしていたので、帰りに奈良公園あたりまでクルマを迂回させたところ、道は春を浴びに来た人とクルマで溢れ、あわただしい雰囲気であったが、なんだか鹿までもが大忙しといった様子でおかしかった。
春分の日になると毎年思い出すのが、サラリーマン時代の平成4年のその日、東京から広島へ引越しをしたときの情景である。
バブル経済が弾け、景気に急ブレーキがかかり、世の中の大きな濁流に流されるようにして、私は、新宿営業部から広島支店への転勤の辞令を受けたが、引越し当日の春分の日、東京の空は大荒れで、終日、風雪に見舞われた。
この時期、気候はまだまだ安定しない。 今日の日中も、大阪市内では雪が降ったが、寒気が完全には抜けず、かといって長続きもせず、汗をかきながらコートを着ていたり、寒さに肩をすぼめながら薄手のジャケットで我慢したりと、なかなか過ごしにくい。
ただ、この時期の風、日差し、香りは、四季の中でも格別で、命あるものすべての鼓動が伝わってくるようでもある。
このごろは、画像や動画の機能が優れ、実物のものと寸分違わないか、もしかすると、実物以上に美しかったりするかもしれないが、動画や画像からは、風を感じることも、日差しの温もりを感じることもないし、ましてや、香りは伝わってこない。
ジェイソンやサダコにしたって、登場する時には、それなりの“気配”を感じるのに、スマホやテレビ、タブレットにはその“気配”すらない。当たり前だけど…。
梅から桜へ移り変わるこの時期はやはり、外に出て春を直接体感したいものだ。
もっとも、重度の花粉症のため、仕事以外はできるだけ室内に引きこもっていたい私の「開花宣言」は毎年、六月を待たねばならない。
「六月をきれいな風の吹くことよ」(正岡子規)
六月の風が待ち遠しい…。
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林 正寛 | ||