子どもは子ども。
2014/09/11 | ||
8日に閉幕したテニスの全米オープン。錦織圭の活躍の陰に隠れてしまったが、ジュニアの部の男子ダブルスで、中川直樹(17)が初優勝を飾った。
四大大会のジュニア制覇は、2006年の全仏ジュニア男子ダブルスを制した錦織圭以来である。
錦織は13歳で日本を飛び出し、フロリダ州のアカデミーで英才教育を受けてきたが、中川は12歳から同じアカデミーで腕を磨いた。
二人の渡航費、滞在費は、日本テニス協会の盛田会長が私財を投じて設立した「盛田ファンド」がすべて負担した。
恵まれた環境の中で英才教育を受けることで、二人の才能は大きく開花した。
それにしても、多感な年ごろである。
わずか12歳、13歳の「子ども」が不慣れな海外の土地でどれほどの「壁」にぶつかり、乗り越えてきたであろうか。才能や環境だけでは、この日の活躍はないことは容易に想像できる。
今月5日。小学6年生の女子二人が連れだってマンションから飛び降りた。
二人はこの日、普段通り登校している。
クラスでも人気があり、クラスメイトが喧嘩をしていると仲裁に入るなど、リーダーシップもあったという。
中学受験を控え、寝る時間がないと冗談めかして話をしていたらしいが、特別、落ち込んだ様子もなく、いじめなどもなかったようである。
遺書には家族やクラスメイトへの感謝や別れの言葉がつづられ、動機に関する記述はなかった。
子どもの心の内は、親でも見えにくい。
さらに、「複雑」を通り越して「奇怪」ともいうべき今の世の中は、幾重もの壁が行く手を遮り、視界が悪い。
子どもが固い鍵のかかった密室を抱えていたとしても、たとえ親でも鍵をこじ開けることは難しい。
壁の種類は人によって異なるし、すべての壁を乗り越えられるとは限らない。
最後は、自分の心を解決するのは、自分でしかない。 どう折り合いをつけるかは、自分が決めるしかない。 足踏みを止めて前進するには、自分が動くしかない。
しかし、その「決断」を正しく子どもができるのだろうか。
教育、スポーツ、レジャー、容姿、生活様式など一切の面で子どもの「大人化」が進むが、その内面、「心」は置き去りにされたまま。子どもは子どもである。
小学6年生の二人が下した決断は、家族やクラスメイトとの別れであった。
一体、二人の前にどんな壁が立ちふさがったのだろうか。
開花する花と咲かずに落ちてしまうつぼみ。
運命だけでは済まされないと思うが…。
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林 正寛 | ||