公衆電話。

公衆電話。

  2013/09/30  
     
 

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大学1年、2年の頃は下宿の部屋に電話がなかった。

実家などからのどうしても必要な連絡は、隣りに住む大家さんちの電話にかけてもらう。

 

「ハヤシくーん、ハヤシくーん、おかぁーさんから電話よ」

 

窓越しに大家さんから呼ばれると、ドタドタと2階から1階に降りて下宿の玄関を出て、隣りへ行き、「ありがとうございまーす」と大家さんちにあがり受話器を取る。

 

こちらから誰かに電話をするときは、公衆電話を使うしかなかったが、それはそれで特に不自由は感じなかった。

 

前もって連絡しなくても、なぜか友人には会えた。

 

部屋を訪ねていなければ、帰ってくるまで駅前のパチンコ店で時間をつぶしているとそこででバッタリ会ったり、競馬場で会ったり、居酒屋で会ったり。

 

一度、甲子園球場で野球を観戦していると、場内アナウンスで友人に呼び出されたこともあった。

 

「よくここがわかったな」

 

「いや、なんとなく、たぶんいるだろうと思って」

 

なんだか、人間が本来持ち合わせている動物としての嗅覚のようなものが今よりかは断然あったように思う。

 

時々、小銭を大量に握りしめ、公衆電話で実家に電話を入れ、お互いの生存確認をする。

 

「えーっと、それからね。何か言わなきゃと思っていたんだけど」

 

母が思い出している間にも小銭がガチャン、ガチャンと凄まじい勢いで落ちていく。

 

「かぁーさん、早く思い出してよ、金が無くなる」

 

「そうかい、えーっとね」

 

「かぁーさん、この次にして…」

 

「あっ、思い出した。実はね…、ガチャン、プープープー…」

 

― 切れた…。母は一体、何を言おうとしたのだろうか。

 

 もう小銭は残っていないし、何とも言えない、悶々とした思いで下宿にもどったことが何度あったことか。

 

数日後かけ直して、

 

「かぁーさん、この前、言おうとしたことは思いだした?」

 

「ああ、それはもういいんだけど、それより伝えておかないといけないことが…」

 

「なに?」

 

「えーっと、それが…、急に電話をかけてこられてもね。えーっと」

 

「かぁーさん…」

 

「あっ、そうそう、実はお父さんが…、ガチャン、プープープー」

 

― かぁーさん。とぉーさんが一体、何を…。

 

 

 
  林 正寛  
     
     

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