視界不良。

視界不良。

  2013/07/20  
     
 

家の近所に行きつけの焼鳥屋がある。もう15年ほどになる。

最初の頃は、幼稚園に通う長女を膝に抱いて焼鳥を食べていたが、当時長女はしょっちゅう「アンパンマンの歌」を歌っていた。

今では長女と二人でカウンターに座ることもあるが、店のオーナーも「アンパンマン」の頃を覚えていて、先日、 「もう大学生になったか」と、しみじみ。

 

また、長女は、 私が髪を切りに行くときもよく着いてきていたが、今は、その美容院に長女も通う。

担当も私と同じで店のオーナーであるが、パーマだのカラーだのトリートメントだのと、もっともらしくのたまう。

オーナー曰く、「お父さんに着いてきていたあのちっちゃな女の子がこんなに成長して」と、またしみじみ。

 

この町に住み暮らし21年。その間、子供の成長を時間の経過の中で見つめ、見守ってきた人がいることに改めて気づかされる。 

 

私は父の転勤の関係であちこち移動していたので、一つの地域に長くいたことはなかった。

ただそれでも、お祭りや廃品回収、ラジオ体操などの行事や近所の散髪屋のおじさん、八百屋のおばさん、酒屋さん、お米屋さんなど、そこかしこに大人の視線があった。

 

 「どこに行くの?」、「今日は一人なん?」、「さっき〇〇君に会ったよ」、「回覧板あとで持ってきてな」、「早よ帰らなお母さんに叱られるで」…。

 

子供の頃は「余計なお世話だなぁ」くらいにしか思っていなかったが、こうやって大人たちに見守られてきたわけである。

 

今は地域のコミュニティが薄れ、商店街が消え、住民相互が日常的に交流する機会が少なくなったし、世話役のようなリーダーシップを発揮するうるさ型の大人も少なくなってしまった。

 

子供たちは大人の視界から外れ、孤立し、彷徨い、時に暴走する。

 

また一人、少年が命を絶った。この事件に対して、教室に廊下に体育館に、監視カメラを設置してはどうかという意見が雑誌に掲載されていた。

大人らしい合理的な意見であるが、そうなればまさに監視だらけの社会になってしまうではないか。 監視カメラの下では情緒や豊かな心は育たない。育つのは疑心暗鬼だけであろう。

 

大人が見守る視界の中で子供がすくすくと成長していくような社会はもはや、望むべくもないか。

 

 

 視界も心も晴れない。

 

  

 
  林 正寛  
     
     

株式会社アスキット・プラス

 

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