無題。
2014/07/09 | ||
家族や近しい人を亡くした哀しみは当人にしかわからない。
忘れようとしても忘れられるはずがないからだ。
人間だけではない。家族の一員として長年、寄り添い暮らしてきた犬や猫などのペットたちとの別れもまた、深い哀しみを残す。
私は、犬や猫を飼った経験がなく、子供たちにせがまれても頑として受け付けなかった。
私があまり得意ではないこともあるが、それよりも、人間より寿命の短い彼らとの別れに耐えられる自信がなかったからである。
ペットショップなどでゴムまりのように転がり、飛び跳ねる彼らを見ると、可愛く思わなくもないが、そんなころは一瞬で終わり、彼らの上を過ぎていく時間は瞬く間である。
最近、愛犬を亡くした友人が哀しみから抜け出せないでいる。
家族の一員として一緒に住み暮らしてきた。
すぐに気持ちの切り替えができるはずがないし、忘れられるものでもない。それに、この哀しみは他人にはわからない。
それでも、新しい別の生き方、暮らし方を探し、乗り越えていくしかない。
そのうち、時間が解決してくれることもあるだろう。
人でも愛犬でも、残されたものは亡くなったものに対し恥ずかしくない生き方をしていかなければならない。そうすることが一番の供養になるし、亡くなったものに亡くなったことを後悔させないことである。
必要以上に哀しむと、亡くなったものは安心して休めないからね。
難しいことではあるが、そうやって私たちは歯を喰いしばってこれからも生きていくしかない。
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林 正寛 | ||